英語史研究会第24回大会発表要旨



シェイクスピア作品における助動詞Do

矢冨弘(京都大学大学院)

 助動詞 do は初期近代英語期に劇的な速度で発達し、現代英語では否定文・疑問文に欠かせない要素となっている。助動詞 do の歴史的発達を網羅的に調査した Ellegård (1953) や初期近代英語期の書簡をCEECを用いて調査した Nurmi (1999) によると、1600年前後に助動詞 do の一時的衰退が観察できるという。
 本研究では同時期に多くの戯曲を執筆したシェイクスピアのテキストを分析し、前期・中期・後期作品において、助動詞 do の使用に変化が観察できるかを考察した。またどのような生起環境で do が好まれたかを統語的側面から観察するとともに、do の談話的要素についても議論する。



キャクストン訳 Paris and Vienne に見る理由を表わす接続表現--フランス語版との対比から

内田充美(関西学院大学)・家入葉子(京都大学)

 英語の接続詞の中には、史的発達の過程で形成されてきたものも少なくない。because はその一例であり、中英語後期にフランス語の影響を受けて導入された後、その使用が急速に拡大したと考えられている。しかしながら Molencki の一連の研究 (2008, 2011, 2012) は,多言語社会であったこの時期のイングランドにおける言語活動を広く見渡し、because の発達に影響を与えたのは、フランス語よりもむしろ Anglo-Norman である可能性に言及している。同時に、because が接続詞として英語に定着していく過程については、さらなる研究が必要であることを示唆している。これを踏まえて本発表では、多言語使用者として自ら多数の翻訳を残したキャクストンの英語に着目する。特にフランス語からの翻訳であるとされる Paris and Vienne を取り上げ、理由を表わす接続表現が英語とフランス語の間でどのような対応関係にあるのかを明らかにしたい。



The Parlement of the Thre Ages における行頭の and の頻度と機能

守屋靖代(国際基督教大学)

 中英語頭韻詩 The Parlement of the Thre Ages の行頭に使われる and の頻度から、この等位接続詞が口語体を思わせるディスコースマーカーの役割を果たしていることを検証する。The Parlement of the Thre Ages の行が and で始まる頻度は、他の作品の平均が 20%くらいであるのに対し、現存するふたつの写本 (Thornton, BM Additional MS. 31042; Ware, BM Additional MS. 33994) の双方で 40% に近く、最大 11行に亘る。以下は Thornton MS 中の 5行に亘る例である。

   T 369 And bare the batelle one bake and abaschede thaym swythe;
   T 370 And than the bolde Bawderayne bowes to the kyng,
   T 371 And brayde owte the brighte brande owt of the kynges hande,
   T 372 And Florydase full freschely foundes hym aftir,
   T 373 And hent the helme of his hede and the halse crakede.

現代では文頭の and の多用は稚拙なスタイルとして慎むべきとされるが、このようなたたみかけの手法は、書き言葉を前提とする中英語頭韻詩が声に出して "a receptive audience" (Offord) の前で読まれることを想定して書かれたことを示唆する。発表の最後ではふたつの写本間の共通点と違いについても言及する。



(講演) ロマン語の誕生

大高順雄(大阪大学名誉教授)

 西ローマ帝国が滅亡してからほぼ5世紀が経過すると、西ヨーロッパの各地で下層語であるケルト語ないしゲルマン語と上層語であるラテン語とから生れた新ラテン語、即ちロマン語が独自の姿を現す。各語の言語的特徴を最初の文献に従って説明したい。

1. バルカノ・ロマン語(ルーマニア語)『教義問答集』(キリル文字の翻字)1512年
2. イタロ・ロマン語
2.1 イタリア語『ヴェローナの謎言葉 Indovinello veronese』8世紀末〜9世紀初
2.2 サルディニア語 『ログドロ語の特許状 Privilegio logudorese』1080〜1085年
3. レト・ロマン語(エンガディン語)『偽アウグスティヌス説教 Pseudo Augustinu Sermon 253.4』12世紀
4 ガロ・ロマン語
4.1 フランス語『ストラスブールの誓約 Serments de Strasbourg』9世紀末
4.2 プロヴァンス語『Boeceボエティウス』11世紀
5. イベロ・ロマン語
5.1 カスティリア語『サン・ミリイアンの注解 Las glosas Emilianenses』10世紀中葉
5.2 カタロニア語『オルガニィアの説教 Les homelies d’Organya : Luca『ルカ伝9』12世紀末
5.3 モサラブ語『イエフダ・ハレウィ Yehuda Halewi のムワツシャフ Muwashshah』(アラビア文字の翻字)12世紀中葉
5.4 ポルトガル語『土地分割証書』1192年



英語史研究会のトップページ