英語史研究会第18回大会発表要旨



19世紀小説における否定構文――助動詞doの発達を社会言語学的視点から

中山匡美 (東京大学大学院博士課程)

 近代英語における否定構文は助動詞doの発達とともに変化してきた。19世紀英語では、18世紀からさらに続いていた単純形say not 型から助動詞doによる迂言形への移行が完了する一方、do迂言形では非縮約形do not型から縮約形don’t型への変化が加速的に進み、特に口語においてはdon’t型がすでに一般的となっている。しかし、同時にdo迂言形否定には構文ごとにいくつかの型が存在し、対話においてもそれらの型は観察される。そこで本発表では、19世紀小説の否定構文のうち、対話において比較的発生頻度の低い型に焦点をあて、それらの例文に話者の階級や性別などの社会的要因や発話がなされたときの状況がどのように影響しているかを考察する。その際、当時の文法家の見解も視野に入れて検討したい。分析対象として、(1)単純形、(2)do迂言形否定平叙文NP do not V、(3)do迂言形否定疑問文Do NP not V、Do not NP V、(4)do迂言形否定命令文Do not V、Don’t you Vをとりあげる。



18世紀小説中の命令文に見る性差

野々宮鮎美 (東京大学大学院博士課程)

  Lakoff (1975)やTrudgill (1983)は、女性は男性よりも丁寧な言い方や標準的な言い方を使用すると主張している。このような現象は18世紀の英語にも見られるのか、本発表では、小説6篇をコーパスにとり、命令文における丁寧さの差を調査する。
 第一に、prayの使用頻度を調査する。この語は丁寧さを高める働きがあるので、女性の方が使用頻度が高くなると予想される。また、聞き手の性別によっても差が出るかも調査する。
 第二に、二人称否定命令文の形式と話者の性別との関係を観察する。18世紀には“V + not”, “do not + V”, “don’t + V”の3つの形式が存在するが、縮約形 “don’t + V”はしばしば “vulgar”のレッテルを貼られていた。また、 “V + not”は小説では頻度が高かったものの、手紙などでは廃れつつあった。このようなことを考えると、女性は男性に比べてより標準的なタイプを選択することが予想される。



Sir Thomas Moreの英語における倒置構文について

市田恵美 (京都大学大学院修士課程)

 初期近代英語期には現代英語と同じSVO語順が確立していたとされるが、VSの語順となる倒置はしばしば見受けられる。特に、初期近代英語の前半は、否定語の後に続く倒置が確立するなど、倒置を研究する上で重要な時代である。また、多くの先行研究が初期近代英語期の倒置の頻度は作家やテキストのタイプによって様々であると述べているものの、個別の具体的な研究はあまりなされていない。よって、本発表では初期近代英語期の代表的な作家であるSir Thomas Moreの英語を題材に、当時の倒置の全体像と比較しながら、More独自の倒置の頻度やパターンを考察する。



古英語韻文 Beowulf における「外位置」について

大野次征 (熊本学園大学非常勤)

 Jespersenは外位置の定義(Essentials. 9.65)で、文中に代名詞をもち、その本来の文の外側にある名詞(句)を外位置という主旨を述べている。その例として
 Charles Dickens, he was a novelist!
 It was a wonderful invention, the Universal Thrift Club.
などを挙げている。この外位置表現が古英語 Beowulf にはよくみられる。外位置構文の種類――Beowulf 中の外位置表現にはJespersenのいうa) 代名詞の外位置である名詞のみならずb) 不定代名詞・・・名詞 c)名詞・・・名詞がある。ここではこの3つの表現を外位置として論じつつ、さらにそれにとどまらず以下のようにd) 名詞・・・形容詞、e) 形容詞・・・名詞、f) 名詞・・・関係詞、g) 所有代名詞・・・名詞、そしてh) 属格名詞・・・名詞――の多様さを管見し、またこのうちd)〜h)は今まで見過ごされ、ないしは見向きもされなかったもの(分離限定と)にも光を当てむしろ、疑似外位置である分離限定(split attributiveness)は本当に疑似外位置にすぎないのか、それとも外位置といえるのか、検証する。また、同格との違いにも触れながら、最後にこの韻文の多発的外位置現象を生むものは何かについて考察する。


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