英語史研究会第16回大会発表要旨



Chaucerの非人称動詞 remembren 再考

三浦あゆみ(東京大学大学院博士課程)

 Chaucerが用いた60種類を超える非人称動詞の中で、古仏語起源の remembrenの非人称動詞としての用法は英語史を通して実質上Chaucerに限定して見られるという点で非常に興味深い。この特異な用法については複数の先行研究で既に論じられてきたが、そのいずれもChaucerの作品においてこの動詞の用法を考える上での非常に重要な観点である作品別分布 (textual distribution) に着目していないため、分析が不十分であると言わざるを得ない。remembren が非人称構文で現れる例を作品別に分けてみると、その半数以上はBoethiusの De Consolatione Philosophiae 及びJean de Meunによるその古仏語訳をChaucerが英訳したBoece に見られるため、原典の構文が少なからず影響を及ぼしていることが予測される。本発表では、Boece及びChaucerのその他の作品における remembren の非人称動詞としての用例を詳細に分析し、Chaucerの英語におけるこの動詞の実態について再考を試みる。



PPCME2, PPCEMEに見る強意副詞

西村秀夫(姫路獨協大学)

 本発表では、一般にHelsinki Corpus (HC)の拡大版と位置づけられることの多いPenn-Helsinki Parsed Corpus of Middle English 2nd edition (PPCME2), Penn-Helsinki Parsed Corpus of Early Modern English (PPCEME)における強意副詞full, right, veryの出現状況を報告する。調査対象は後期中英語以降のファイルである。
 報告に際しては以下の2点に留意する。
 (1)HCを対象に同様の調査を行った西村(1994)では、強意副詞のように周辺的な文法現象を扱う場合,HCの語数は必ずしも十分ではないことを指摘したが、約3倍の規模に拡大したPPCME2, PPCEMEではどのような結果が得られるのか。
 (2)Corpus of Early English Correspondence Sampler (CEECS)における強意副詞の出現状況を調査したNishimura (2002)では、書簡というジャンルにおいては、強意副詞の出現頻度が高いこと、veryの出現時期が従来考えられていたよりもかなり早いことを明らかにしたが、書簡以外のジャンルでも同様の傾向が見られるのか。
 さらに、PPCME2, PPCEMEを利用する場合に注意すべき点にも言及する予定である。



19世紀演劇における仮定法について

菊澤並子(京都大学大学院修士課程)

 動詞の屈折によって疑い、非現実、願望などを表す仮定法はOE期以降衰退の一途をたどり、直説法や助動詞による迂言法に取って代わられた。しかし、18,9世紀に関しては規範文法の影響による一時的な復興があったのではないかとも指摘されてきた。しかしながら、実際のデータに基づくもの、特に口語に関する研究はほとんどなされていない。そこで、本研究では19世紀の演劇テキストを調査し、どのような仮定法表現が残されているかを登場人物の性質、場面状況、そして規範文法の影響の観点から検証する。
 中心となるのは、条件を表すif 節、比喩を表す as if 節であるが、しばしば仮定法過去 were の代わりに was が用いられている例が見られる。規範文法において「誤用」とされた was だが、それを用いるのは必ずしも身分の低い人物とは限らない。また、同一人物でも werewas 両方を使用する場合が多い。その使い分けには話者の心理状況が関わっていると思われる。



文法教育と人間教育――学校文法の父Lindley Murrayが目指したもの

池田真(上智大学)

 英文法史の説くところでは、規範文法はWilliam Bullokarの Bref Grammar for English (1586) に始まり、Lindley Murrayの English Grammar (初版1795) をもって完成した。そのMurrayの文法書は、産業革命で急増した中産階級の文法学習熱を背景に、19世紀前半における英米両国のほとんどの学校のバイブルになったと言われる。その人気の理由を当時の書評から探ると、judiciousness (文法項目の賢明な選定力)、due medium (理屈と慣習の折り合わせ方)、そしてreligion and morality (宗教・道徳教育を意図した例文) であったことが分かる。このうち、Murrayの独創性が特に顕著なのは、最後の宗教および道徳的例文である。そこで本発表では、Murray文典の例文を詳細に分析して、学校文法の父が意図した「文法教育と人間教育の融合」を解明したい。



BNC資料にみる談話標識――性差の観点から

内田充美(大阪府立大学)

 女性と男性の会話方略は異なる特徴を示すとされる。なかでも、トピック管理やターンテイキング、フロア保持といった談話の相互作用にかかわる機能を持ち、ポライトネスなど会話者間の関係に根ざした要因に左右される談話標識の使用には、性差が反映されやすいと予測することができる。The British National Corpus (BNC)の会話資料には、完全ではないが発話者の性別情報が提供されている。本発表では、20世紀後半の英語を代表する大規模コーパスのひとつであるBNCの会話資料を女性と男性の発話比率の違いによって5つのサブコーパスに再編成した資料を用い、そこで用いられている談話標識の使用傾向を調査した結果を報告する。それぞれのサブコーパス内で観察される談話標識の使用傾向に差があるのか、あるとすればそれはどういう違いであるのかを明らかにしたい。単に発話者の性別による分布を調査するだけではなく、Coates (1996, 2003, 2004など)のwomen talk, men talk, およびmixed talkの概念を採り入れた調査と分析を行うことによって、発話比率上の性差、発話者の性差と、談話標識使用傾向の変異との間に見られる関係に、いくつかの異なった型があることを示す。


英語史研究会のトップページ