英語史研究会第12回大会研究発表要旨集

 

 

Chaucer における非人称構文について

三浦あゆみ(東京大学大学院修士課程)

 文法上の主語を欠く OE・ME の非人称構文(impersonal construction)についてはこれまで多数の研究が行われてきた。人称構文化の過渡期に位置する Chaucer の非人称構文は特に頻繁に扱われてきたが、一方で、Chaucer の全作品における非人称構文の全用例を分析するという包括的な研究は未だ行われていない。本発表では、各作品による違い、韻文と散文による違い、個々の動詞の使用分布などに注目し、Chaucer の非人称構文の特徴を浮き彫りにしたい。

 分析の際は、目的格代名詞を伴う構文(=Type T: But if yow list, my tale shul ye heere. (CT V 728))、Type T に形式主語の it が加わった構文(Type U: While it yow list, of wele and wo my welle. (TC V 1330))、Type I の目的格代名詞が主格代名詞に交替した、いわゆる人称構文(=Type V: And if ye lyst of me to make (RR 1967)) の3種類を調査対象とし、作品間におけるこれらの比率差に注目、その要因を検証する。

 

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シェイクスピアにおける動名詞の目的語について

野仲響子(九州情報大学)

 動名詞は本来名詞であったため、その意味上の目的語は OE 期には主に属格で表された。後にME期になると、属格に相当する of-phrase でも表されるようになり、14世紀からは、これに加えて通格の目的語もとるようになった。その結果、シェイクスピアの時代には次の6つのタイプが存在する。

 

A = 目的語属格+動名詞(e.g. but truly he is very courageous mad about his throwing into the water

B = 目的語+動名詞(e.g. You seem to understand me, By each at once her chappy finger laying Upon her skinny lips)

C = 動名詞+of+目的語(e.g. by telling of it

D = 決定詞+動名詞+of+目的語(e.g. This comes too near the praising of myself

E = 動名詞+目的語(e.g. I am sorry that by hanging thee I can But shorten thy life one week)

F = 決定詞+動名詞+目的語(e.g. in the acting it

 

現代英語には、通常、このうちの D タイプと E タイプしか存在せず、特に of を介在せずに目的語をとる E タイプが圧倒的である。of-phrase による迂言的な目的語と直接目的語の立場が逆転するのは、大体 1600 年ごろといわれているが、実証的なデータは余り無いようである。そこで本発表においては、シェイクスピアにおける動名詞の目的語の取り方を観察し、初期近代英語における動名詞の発達状況を考えてみたい。

 

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初期近代英語における二重目的語構文の受動文

松元浩一(長崎大学)

 現代英語の二重目的語構文(1)

 

(1) We sent Jack a copy of the letter.

 

には、以下に示すような3つの受動文が対応している。

 

(2) Jack was sent a copy of the letter.

(3) A copy of the letter was sent Jack.

(4) A copy of the letter was sent to Jack. (Quirk et al. 1985, p.727)

 

(2) は間接目的語を主語にした「間接受動文」(Indirect Passive)、(3) は直接目的語を主語とする「直接受動文」(Direct Passive)、(4) は前置詞句を伴う「前置詞型受動文」(Prepositional Passive) である。

 歴史的に見ると、直接受動文と前置詞型受動文は古英語の頃から見られ、間接受動文は、中英語期末に徐々に増加し始めると言われている。従来、二重目的語構文に対応する受動文 (2)-(4) に関しては、互いを比較しながら考察することがあまりなされていない。

 本発表では、初期近代英語における間接受動文、直接受動文、前置詞型受動文を調査し、二重目的語構文に対応する3つの受動文の発達を検証する。

 

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最初の英英辞書: Robert Cawdrey's A Table Alphabeticall (1604) をめぐって

浦田和幸(東京外国語大学)

 英語における最初の一言語辞書(monolingual dictionary)とされる Robert Cawdrey の A Table Alphabeticall が出版されてから、本年で 400 年を迎える。A Table Alphabeticall は、今日の一般的な英語辞書のように英語の語彙を包括的に扱ったものではなく、2500 語ほどの "hard vsuall English wordes" を収録する難語辞書であった。日常語をも含む一般的な英語辞書が登場するのは、さらに 1 世紀先のことであった。小論では、Cawdrey の A Table Alphabeticall (1604) に収録された語とその記述内容を調査したうえで、17 世紀前半の他の難語辞書、および 18 世紀初頭に登場した新しい型の包括的な英語辞書と比較して、英語史的観点から、17 世紀前半の英語の語彙と辞書の特徴に一端について考察したい。

 

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ディケンズの状況語

吉田孝夫(九州産業大学)

 言語には、方言にも個人語にも属さず、諸々の状況に応じて用いられるものがある。これを「状況語」と呼ぶことにする。ディケンズの登場人物の話し言葉を興味深いものにしている一因に彼の巧みな状況語の使用があると思われる。ピクウィックがスケートをしていて氷が割れて池にはまったとき、タップマンは‘Fire!’「火事だ!」と叫んで救援に走る。fire に潜む魔力を緊急時に用いた。ミセス・ジョーは夫と弟が自分の顔を凝視しているのに気づき、‘Is the house a-fire?’「家が燃えているとでも言うの」と毒づく。言葉が本来の文脈からずれて用いられると、皮肉・嘲笑等を生む要因となる。以下さまざまな場面で用いられる状況語を文脈に沿って紹介したい。酔っ払いの英語、かぎ穴から話す英語、難聴の老人と話す時の英語等にもふれる。

 

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